ひとすじの光が射すとき

息子が同級生に怪我を負わせたとの連絡を受けてから、小1時間ほどが経過したでしょうか。

ネットで調べた情報から私が息子の発達障害をほぼ確信するまでに、時間は多くは必要ありませんでした。幼少期から何度となく疑っていた経緯があったからだと思います。

しかし、確信することと、それを受け止めることとは大きな隔たりがあるようです。私の頭の中は冷静さを失い、将来に対する不合理とも言える恐怖と不安でいっぱいになっていました。

「息子はもう普通に生活していくことは難しい」「もう自分の人生は終わった。先にあるのは苦労だけだ。」とさえ感じました。

頭では受け入れなければならないと感じているのですが、次々に浮かぶのは現実からかけ離れたネガティブな考えばかりで、その暗闇は永久に続きそうに思えました。

それにしても息子がまだ帰ってきません。いつもの家に着く時間からすると、かなりの時間が過ぎています。

「ショックで家に帰る気力も無くしているのでは?」
「同級生たちから責められてなかなか帰してもらえないのでは?」

次から次へと悲観的な妄想が浮かんできて、いても立ってもいられなくなった私は、気づいたときには家を飛び出し近所をウロウロと息子の姿を探していました。

後から思い返すと、上はYシャツ、下はジャージ、足は裸足に革靴という異様な出で立ちで歩いていたのですから、よほど思いつめていたのでしょう。

ただただ息子の姿が見つかることを願い、早足で10分ほど探し回ったでしょうか。今度は自家用車を使って、学校まで約20分の通学路とその周辺を探すことにしました。

「いてくれ、いてくれ、いてくれ・・・」何度も心の中で、そう念じました。とにかく息子に声をかけて抱きしめて安心させてあげたかったのです。

そんな思いもむなしく、30分ほど探し回りましたが見つからずじまいでした。

私はいよいよ心配で胸が張り裂けそうになり、最後の望みをかけて一旦家へと戻りました。

家に入ると、玄関には息子が学校に履いていく靴がきれいに揃えて置いてありました。

私は安心感で全身の力がスーッと抜けるのを感じ、急いで中へと上がりこみます。

そこには、私の普段と違う様子を見て「どうしたの?」とでも言いだけな息子が、いつもと変わらぬ表情で立ってました。

私は「よく帰ってきたね」と言って、息子を抱きしめました。

息子は最初は戸惑っている様子でしたが、私が「先生から学校であったことを聞いたよ」と言った途端、目に涙をいっぱいに浮かべて黙り込んでしまいました。

後から妻に聞くと、息子は全くいつもと変わらない様子で帰ってきて、私が家に戻るまで学校での出来事をひと言も語ろうとしなかったそうです。

これまでも学校で起きた大変なことやつらいことも何も話さず、普通にふるまっていたときが何度もあったのかもしれません。それなのに私たち夫婦はそれに気づかずに何も問題などないと思い込んでいました。

とりあえず泣いている息子の気持ちが落ち着くまで一緒にソファに座り、肩を抱いていました。その間、妻もずっと泣いていました。私の目にも涙がにじんでいました。

どれくらいの時間が経過したでしょうか。本人の気持ちの整理がつくまでは事情を詳しく聞くのは難しそうでした。

「どんな理由があっても暴力を振るうのは良くないよね。これからお父さんお母さんと一緒に相手の子のところに行って謝れる?」私がそう尋ねると、息子は小さくコクッとうなずきました。

親子で緊張した面持ちで相手の子の家に着き、ただひたすら謝罪しました。必死すぎて何をどう言ったのは覚えていません。

ただ、息子が涙と鼻水をダラダラとたらしながら一生懸命に謝る姿を見て、私の中で何かが変わりました。

帰途につく頃、息子の少しスッキリしたような表情を見て、私は今なら息子の発達障害を心から受け入れられるような気がしていました。

「これからだ。この子のためならどんなことでもしなければならない。」

あんなに悲観的だった気持ちが驚くほど前向きに変わっていくのを感じました。

次の記事「立ちはだかる巨大な壁」へ続く

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