堕ちていく夫婦

学校から息子が同級生に怪我を負わせたとの連絡を受け、その時に異常に興奮していたという息子の様子を聞いた私は、数年前の夏休みのある出来事が脳裏に浮かびました。

それは夏休み終わりの数日前のことでした。

課題の絵をまだ仕上げていなかった息子は、朝からいやいや絵の具の準備をし、だらだらと描きはじめた様に見えましたが、そのうちものすごい集中力で真剣になってきたことが傍からも分かりました。

数時間で絵を書き上げてしまい、仕上がりに満足げな表情で作品を眺めていた息子が突然「あっ!」とつぶやきました。

実は絵を描くときに画用紙が動かないよう妻が四隅をテープで止めていたのです。そのテープを貼っていた部分が塗り残しになっていることに息子が気づいたのです。

息子は、まるでテープを貼った妻が悪いかのように軽く文句を言ってから、テープを貼っていた部分を塗り始めました。

それでも、どうしても既に塗った色との不調和ができてしまい、テープを貼っていたところとそれ以外の部分との境界が浮き上がってしまいます。

イライラしている息子の様子を見ていた妻が「貸してみなさい」と息子から絵筆をとり、代わりに塗り始めました。

妻は既に塗った色を薄めることでテープの境界を消そうとしたのですが、色が薄まりすぎてかえって不自然な部分ができてしまいました。

それを見た息子はしくしく泣き始めました。

それから数分間泣いたかと思うと、今度は泣き声が段々と大きくなっていき、最後は絶叫のような雄たけびのような「ウォー」という叫びを発するようになったのです。それも一度ではなく、何度も何度も繰り返すのです。

私は別の部屋に居ましたが、叫びを耳にしてすぐに妻と息子の居るところにいきましたが、息子はひどく興奮しており、これまで見たことのない異常な表情と様子でした。

何とか落ち着かせようと、事情を聞きながら話し合いをしようとしますが、息子は一応椅子に座るものの床をにらみつけて無言のままです。

そのうち自分の部屋へと戻っていったので、少し落ち着いたのかなと安心していました。

すると息子の部屋のほうから「パリンッ」という鋭い音が聞こえました。

部屋にいってみると、壁にかけていたガラス製のフォトフレームが割られており、そばに拳に血をにじませた息子が呆然と立っていました。

妻は泣き崩れ、私は急いで息子に「大丈夫、大丈夫」と声をかけながら、手の状態を確認しました。

幸い怪我は軽いもので、少しの切り傷で済んだようです。

手当てが終わる頃になると、息子も両親の様子を見て、また自分のしたことに自分でも驚いたのか、普段どおりの落ち着きを取り戻していました。

後になって息子のこのときの不自然な言動について妻と話し合ったときに出てきた言葉は、それまでも幾度となく夫婦の会話の中に登場したあの言葉でした。

そうです、発達障害です。

この語は、私も妻も息子が低学年の頃から意識しはじめました。

というのも、授業参観や学校のイベントで見る息子の様子は、いつも何だか他の子から浮いていて周りに馴染んでいないように感じていたからです。

もちろんそれだけではなく、忘れ物が極端に多かったり、落ち着きがなかったり、挨拶が上手にできないことなど、図書館でそういった関連の本をパラパラめくった程度の知識でしたが、発達障害の特徴に似たところがあると感じていたのです。

それでも、そこまで深刻には考えていませんでした。

「まさかね」という気持ちがありましたし、学年が替わる度に担任の先生に気がかりなことを伝えても、返事はいつも「何にも心配されるようなことはないですよ」という返答だったからです。

ですから親としては安心しきっていましたが、よっぽどの問題がない限り教師から発達障害の疑いを口にすることはないと知ったのは随分あとのことでした。

息子の場合は、発達障害だとしてもおそらく軽度であることが、かえって対応を遅らせてきた要因となったのかもしれません。結局、その夏休みの出来事も「もう少し様子をみてみよう」ということで、特に何をするでもなく普段の生活に戻ったのです。

こうして、わざと目を背けるかのように深入りしなかった発達障害に関することですが、今回の件ではきちんと向き合わざるを得なくなりました。あの夏休みの日と同じように、普段の息子ではない息子になってしまった、それが一体何なのかを突き止めなければと思ったのです。

こんなことが今後も度々起こるとしたら、さらにはエスカレートしていくとしたら、と考えると頭の中が恐怖で押しつぶされそうに感じました。

学校から連絡があったのは下校時間に近いタイミングでしたが、それから数十分たっても息子はまだ帰ってきません。

その間に自宅のPCで発達障害について検索してみました。こうして本腰入れて調べるのは初めてのことです。

次々に明らかになる発達障害の特徴、感覚過敏や他動、こだわり、孤立、人よりモノへの関心など、その多くが息子に当てはまっていました。

小学校に入学してからどころか、既に1歳ごろからその特性が表れていたことを知りました。

例えば、1歳半検診の時には他の子が普通に検査を受けている中で、息子ともう一人の子だけが激しく泣き叫んで検査を拒否し、結局受診できなくなったのです。これは感覚過敏からきていたと分かりました。

他にも、椅子にじっと座っていられないことや偏食が強かったこと、極端に日光をまぶしがったり、臭いを気にすることなど、幾つもの発達障害の特徴となる項目が該当しているように思えました。

極めつけは、知恵袋で見つけたひとつの質問です。自分の子どもが同級生を殴ったという親御さんからの質問でしたが、状況がうちの息子のケースと酷似しすぎているのです。

その子は発達障害の診断を受けていたようですが、感情のコントロールが困難で自分の気持ちを上手に表現できないため、キレて暴力におよぶケースが多いと書かれていました。

その質問と回答を妻にも見せました。

そして、二人で暗く沈んだ顔を見合わせ、どちらともなくつぶやきました。

うちの子、たぶん発達障害だね。

次の記事「ひとすじの光が射すとき」に続く

■よく読まれている記事■
進化した発達障害になるための3つの条件
発達障害を進化させるために脳のしくみを知る

レビューへ

このページの先頭へ